民事信託
民事信託
一般的に「信託」というと、信託銀行等の
遺言書作成コンサルティング+遺言書保管+遺言執行としての
「遺言信託」や、投資のための「投資信託」のことでは?と思い浮かべますが、
「民事信託」の信託はこれとは全く違うものです。
「信託とは」
信託とは財産を持っている方(委託者)が信託行為(信託契約・遺言等)に
よって信頼できる人(受託者)に対して不動産や預貯金等の財産を移転し、
一定の目的(信託目的)に従って誰か(受益者)のためにその財産(信託財産)を
管理、処分する法律関係のことです。
そしてこの信託は、受託者が信託報酬を得るために業務として行う、商事信託と
受託者が信託報酬を得ないで行う民事信託とに分類されます。
商事信託は、信託銀行や信託会社が信託業法の制約のもとで行うものであり、
民事信託は、信託業法の制限も受けず、個人でも法人でも誰でもが受託者になることが
できるものです。
「民事信託」は“一般の人々が財産管理の一手法”として利用できる仕組みといえます。
そしてこの民事信託の中でも、財産管理を“信じて託する”相手として、
最もふさわしい家族や親族を受託者として財産管理を任せる仕組みが
「家族信託」です。
特に高齢者や障害者のための財産管理として普及・活用が期待されている
仕組みが、「福祉型信託」或は「家族信託」であり、遺言や後見制度を補完することも
できるものと考えられます。
「民事信託の機能」
① 条件付贈与機能
信託では、委託者が信託した財産の形式的な名義は受託者に、実質的な権利は
受益者に移転するというのが基本です。
そして、民事信託は「贈与」の一類型であり、委託者から受益者に対する
「条件付贈与」といえます。民事信託ではこの「贈与」に条件を付与することが、
できます。
遺言代用機能
信託契約で、委託者を当初受益者、第二受益者を他者として、受益権の
移転原因を委託者の死亡とすることで、実質的に死因贈与とすることが出来る。
これにより、遺言書や死因贈与契約書を作成することなく、当初受益者の死亡
と同時に、遺言執行手続きを執ることなく、第二受益者に受益権が移転します。
贈与制限機能
信託契約により、委託者の財産は受益権となって受託者が管理することに
なるので、契約書に特約条項(例えば受益権の譲渡禁止、一括給付禁止等)
を入れておけば、受益者への贈与について制限を加えたり、条件を付すことも
可能となります。
② 意思凍結機能
代理契約や委任契約では、本人(被代理人・委任者)の死亡により契約自体が
終了となり、亡くなった人の生前の意思は、通常死後には残せません。
また遺言制度においても、遺言者の意思が存続するのは、遺言執行の終了迄です。
しかし、信託契約では、委託者の死亡があってもその委託者の意思は、契約期間中
であれば、その後の事情の変化にかかわらず継続されます。
※ 例えば、「この土地、建物は自分が亡くなったら、甲に、甲が亡くなったら
乙に残したい」という意思がある場合、
遺言では、甲に完全な所有権が移転するため、あとは甲の意思次第という
ことになる。
しかし信託契約を締結した場合には、この土地、建物は所有権ではなく
受益権という形になり、途中で受益権を取得した甲の意思に関わりなく、
甲が亡くなったときには、その受益権は確実に乙に移転することになり、
委託者の意思が尊重されます。
③ 財産分離機能
委託者は自分の財産の一部または全部を信託財産とすることで、他の自らの
財産と分けて、目的に従って管理することが可能となります。
委託者は、それぞれの財産に目的や将来の取得者を決めることが出来、
より柔軟な財産管理を行うことが出来るようになりました。
分別された財産は受託者の名義となり、所有権ではなく受益権となるので、
委託者が認知症や判断能力の低下により成年後見人がつけられた場合でも、
その管理下には置かれず、信託契約に基づいて受託者が従来通りに管理する
ことが出来、財産の凍結を回避することができます。
④ 名義集約機能
信託された財産の所有権は受益権に変換され、その権利は移転しないで
「名義」のみが受託者に変更されるので、多数の委託者から受託者に
名義のみが変更され、これらの財産を一括して受託者が管理することが
できます。
⑤ 物権の債権化機能 (権利転換機能)
信託契約締結により、委託者が託した信託財産の所有権は、その名義のみが
受託者に変更され、実質的な権利は受益権という債権で受益者に移転します。
信託することで、所有権は受益権に変換され、名義のみが受託者に変更される
ので、委託者(当初受益者)の死亡によって所有権が相続されることはなく、
受益権が移転することになります。
信託契約により、一つの不動産に複数の受益権を設定することもでき、また
自由に譲渡することや譲渡禁止特約を設定することも可能です。
法定相続人や遺留分請求者に対して、所有権でなく、受益権として渡すことに
より、不動産や自社株式等の所有権の共有状態を避けることができます。
「民事信託と税」について
わが国の租税制度は、基本的に「実体主義」「受益者負担」が原則とされています。
名義の如何を問わず、また契約形態がどうであろうと、実際に利益を受けて
いる者に対して課税されるという仕組みになっています。
従って、信託の場合の委託者、受託者、受益者の関係は、信託が「委託者から
受益者への贈与」が前提であることから、受託者は何の権利も取得する
ものではないため、基本的に、税の負担は発生しないと考えられます。
ただし、例外として、固定資産税だけは所有名義人である受託者が納税義務者
となりますが、実際の所有者は受益者なので、信託財産の管理費用として、
結局は受益者が負担することになります。
※不動産を信託した場合の税について
不動産を信託すると、「信託」を登記原因とした所有権移転登記手続き
を行い登記簿の甲区欄にその旨が記載されます。即ち登記簿上の所有者が
形式上委託者から受託者に名義が変更になります。
この際に考えられる税としては、先ずは所有権移転登記手続きにかかる
「登録免許税」が発生します。これは当該不動産の固定資産税評価額の
4/1000(0.4%)です。
次に、受託者に対しての「不動産取得税」ですが、これは登記簿上の
形式的な所有権移転に過ぎないため課税はされません。
さらに、委託者に対する「譲渡所得税」も信託による形式的な譲渡であり、
委託者に利益が発生する訳ではないので、課税されません。
また、毎年1月1日時点の不動産所有者に課税される「固定資産税」は、
前述のとおりで、不動産の形式上の名義人である受託者が納税義務者と
なりますが、実務上は、信託財産に関する費用として信託財産の中から
受託者が支払うことになり、結局は受益者負担ということになます。
ここで贈与税についても触れておきたいと思います。
⑴ 「委託者=受益者」の場合
自益信託(委託者=受益者)は、実質的な財産権の移動はありませんので、
「贈与税」が課税されることはありません。
⑵ 「委託者≠受益者」の場合
自分以外の者のために信託を設定する他益信託では、実質的な財産権の移動
が起こるので、信託契約が発効した時点で、委託者から受益者への
不動産価格相当の贈与がなされたものとして(みなし贈与)、
贈与税が課税されます。
信託が終了した場合について
信託が終了した場合、当該不動産の名義は、受託者から契約書の中で指定
された者(残余財産の帰属先)に変更になるが、残余財産の帰属先が
当初委託者(信託設定前の所有者)と同一であれば、形式的な所有権移転に
過ぎないということで、不動産取得税は発生しません。
残余財産の帰属先が当初委託者と異なる場合には、財産権の新たな移動が
あったとして、残余財産の帰属先の者に不動産取得税がかかります。
【民事信託】 家族信託による遺言信託とは
「遺言信託」とは、遺言によって、遺言者(=委託者)が信頼出来る人(=受託者)
に対し特定の目的(=信託目的)に従って委託者の指定する財産(=信託財産)
を管理・給付・処分する旨を定めることにより設定する信託のこと。
⑴ 信託行為
委託者の遺言により設定される信託であり、当然に遺言の様式に従って
有効に作成されなければならない。
遺言信託は、委託者(遺言者)の死亡により効力が生じることになるので、
別段の定めがない限り、遺言者の相続人が委託者の地位を承継することはありません。
⑵メリット
遺言信託も、信託契約と同様に、いろいろなケースに対応できる柔軟性のある
内容とすることが出来るので、委託者死後の家族等のために遺産のスムーズな
承継や長期にわたる遺産の管理・運用・給付・処分等を設定することが
できます。
第二次受益者を指定する等、受益者連続型にすることで”親亡き後問題”や
"配偶者亡き後問題”にも対応でき、連続して有効な財産管理や資産運用、
或はスムーズな遺産承継を図ることができます。
⑶ 公正証書遺言で作成を
遺言は、通常の遺言と同様、自筆証書遺言ではなく、公正証書遺言にすることが
お勧めです。
自筆証書遺言は、形式不備による無効や破棄や改ざんの恐れ、さらには
信託目的等、不明確な記載内容によるトラブル発生等も危惧されます。
また、委託者(遺言者)が死亡して相続が発生すると、信託財産は
遺留分減殺請求の対象になるので、この遺留分対応も考えておくことが
必要です。
⑷ 遺言書への記載事項
遺言による信託のための主な記載事項
ⅰ)信託財産の特定
ⅱ)信託目的
ⅲ)信託財産の管理・処分・給付等の方法
ⅳ)受益者
ⅴ)受託者
ⅵ)信託報酬の額または算定方法
ⅶ)帰属権利者
【民事信託】 遺言代用信託とは
「遺言代用信託」とは、契約による信託ではあるものの、遺言によって設定
したかのような機能を持たせた信託のことです。
委託者生存中の当初は、自らを受益者として効力を発生させ、委託者が死亡
したときに指定した人(特定の相続人や第三者)に受益権を承継させる
信託の仕組です。(生前信託)
遺言信託と同様、病弱、高齢、障害、判断能力低下等により自ら財産管理
できない人の生活・扶養・療養等のための"福祉型信託”として成年後見制度
との併用が有効な信託です。
遺言代用信託では、委託者死亡後の受益者は、信託契約に別段の定めがない限り、
委託者が死亡するまでは、受益者としての権利及び義務は一切有しない。
⑴信託行為
遺言信託が遺言としての要式が求められるのとは異なり、委託者と受託者との
契約で設定される信託です。
また、遺言信託が委託者の死亡によって効力が発生するのと異なり、
信託契約締結時に効力が生じます。
⑵メリット
委託者は別段の定めがない限り、生前であればいつでも相手の同意なしに
死亡後に受益権を取得する受益者を変更することができる。(受益者変更権)
また、受託者との間で信託契約の内容を変更または解約することも可能である。
ただし、委託者の死亡により相続が発生すると、遺言信託と同様、
遺留分減殺等の問題が生じることが考えられる。
【民事信託】 後継ぎ遺贈型受益者連続信託とは
「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」とは、現受益者の死亡に伴い、順次指定された
人が新たな受益者(第二次受益者・第三次受益者・・・)として受益権を順次
取得する旨の定めのある信託のことです。
これは、信託が持つ「権利転換機能」(物件の債権化機能)を存分に活かした
相続・資産承継への利用です。
本来、所有者Aが死亡するとその遺産は相続人Bが相続し、そこからはBは
受け取った遺産を自分の固有の財産として自由に処分することができます。
Bは相続したその財産を誰に承継させるかは自分の意思で行うことになります。
しかし、信託の仕組みを利用すると、Bは固有の所有権ではなく信託受益権
という権利を相続することになるので、Bが死んだ後に誰に相続されるかは、
Aが自由に決めることができます。
信託により、相続・譲渡すべき所有権を受益権に転換することで、様々なケース
に柔軟に対応できる仕組みを作ることができます。
「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」は、前の受益者が亡くなることにより
次の受益者(=第二次受益者)となるべき人が受益権を取得する定めが
認められている「後継ぎ遺贈型」と、受益者の交代が複数回認められている
「受益者連続信託」とを組み合わせた信託です。
受益権の承継は、順次受益者が指定されていても問題はないが、その信託期間は、
信託がされた時から30年を経過したとき以後に現に存する受益者が当該定め
により受益権を取得した場合であって、当該受益者が死亡するまで、または
当該受益権が消滅するまでの間その効力を有する。
30年を経過した後は受益権の新たな承継は一度しか認められません。
「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」と遺留分減殺請求について
信託についても遺留分減殺請求の対象となるので、信託を設定する際には、
法定相続人の遺留分に配慮することが必要です。
「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」において遺留分減殺請求ができるタイミングは、
委託者が死亡した後の最初の受益者が受益権を取得した段階でのみ認められ、
第二受益者以降に対しては遺留分減殺請求は認められないと解されています。
※例えば、A(第一受益者)が、自分が死んだら妻B(第二受益者)に、
Bが死んだら子C(第三受益者)に承継されるという受益者連続型信託を
設定した場合Bの受益権はAが死亡した時点で取得したものとして算定され、
その後Bが死亡するまで受益権を有することになります。
そしてCの受益権は、Aが死亡した時点で、Bの死亡時からCが亡くなる
までの受益権と算定されます。B,C共にAの死亡時点に、それぞれの
死亡までの受益権を取得したものとみなされます。
遺留分権利者はAが死亡し、第二受益者が 受益権を取得したときに
減殺請求をすることになります。
従って、遺留分減殺請求権の時効及び除斥期間は、このAの死亡した時点から
開始することになります。
また、遺留分減殺の順序については「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」の場合は、
信託設定時に既に財産を処分していると判断されます。
従って、「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」が設定された場合は、先ず遺贈を
減殺し、次に「相続させる」旨の遺言または遺言信託を減殺、最後に
「後継ぎ遺贈型受益者連続信託」を減殺するということになります。