債権法
債権法
2017年5月に成立した「民法の一部を改正する法律」が
2020年4月1日から施行されます。
民法には契約等に関する最も基本的なルールが定められており
この部分は「債権法」と呼ばれています。
この債権法については制定されてから120年間にわたり
実質的な見直しがほとんど行われていませんでした。
今回の改正では、
①約120年間の社会経済の変化への対応を図るために実質的に
ルールを変更する改正と、
②現在の裁判や取引の実務で通用している基本的なルールを法律の条文上も
明確にし読み取りやすくする改正を行っています。
1. 保証人の保護に関する改正
保証契約に関するルールについて、個人が保証人になる場合の保証人の
保護を進めるため、以下のような改正をします。
⑴ 極度額の定めのない個人の根保証契約は無効。
個人が根保証契約を締結する場合には、保証人が支払いの責任を負う金額の
上限となる「極度額」を定めなければ保証契約は無効となる。
※ 根保証契約とは、一定の範囲に属する不特定の債務を保証する契約
⑵ 公証人による保証意思確認の手続を新設
個人が事業用融資の保証人になろうとする場合について公証人による
保証意思確認の手続きを新設する。この手続きを経ないでした保証契約は
無効となる。
保証意思宣明公正証書を作成することになるが、これは代理人に依頼する
ことはできず、保証人になろうとする者が自ら公証人の面前で保証意思を
述べることが必要である。
「意思確認が不要な場合」
①主債務者が法人である場合
その法人の理事、取締役、執行役、議決権の過半数を有する株主等。
②主債務者が個人である場合
主債務者と共同して事業を行っている共同事業者や、主債務者の事業に
現に従事している主債務者の配偶者
⑶ 主債務者による保証人への情報提供義務
個人に対し事業上の債務の保証を委託する場合
財産及び収支の状況、主債務以外の債務の有無、その債務の額
その債務の履行状況、担保として提供するもの
情報提供義務違反がある場合には、保証人は保証契約を取り消すことが
出来る。
但し次の要件を満たすことが必要です。
❶保証人が主債務者の財産状況等につい誤認
❷主債務者が情報を提供しなかったこと等を債権者が知り、又は
知ることができた
⑷ 期限の利益喪失に関して債権者の保証人に対する情報提供義務
保証人が個人である場合において、主債務者が期限の利益を喪失した
ときは、債権者は、保証人に対し、その喪失を知った時から2か月以内に,
その旨を通知しなければならない。
2か月以内に通知をしなかったときは、債権者は、期限の利益を喪失
した時からその後に通知を現にするまでに生じた遅延損害金については、
保証債務の履行を請求することができない。(主債務者は支払い義務を負う)
※ 期限の利益とは…
例えば、分割払いの約定がされ、弁済を猶予される結果、期限が
到来しないことによって債務者が受ける利益のこと
※ 期限の利益の喪失とは…
上記事例において、主債務者が分割払いの支払いを怠り、特約に
基づいて、保証人が一括払いの義務を負うこと
⑸ 主債務者の履行状況に関する債権者の情報提供義務
債権者は、保証人から請求があったときは、主債務者の元本、利息及び
違約金等に関する次の情報を提供しなければならない。
①不履行の有無(弁済を怠っているかどうか)
②残額
③残額のうち弁済期が到来しているものの額
ただし、上記の請求をすることが出来るのは、主債務者から委託を受けた
保証人(法人も可)に限られる。
2. 約款を用いた取引に関する改正
現代の社会では、不特定多数の顧客を相手として取引を行う事業者などが
あらかじめ詳細な契約条項を「約款」として定めておき、この約款に基づいて
契約を締結することが少なくありません。
このような約款を用いた取引においては、顧客はその詳細な内容を確認しない
まま契約を締結することが通例となっている。
しかし、民法には約款を用いた取引に関する基本的なルールが何も
定められていませんでした。今回の改正ではこの実情を踏まえ、新たに
「定型約款」に関して以下のようなルールを新しく定めています。
⑴ 定型約款が契約の内容となる要件
顧客が定型約款にどのような条項が含まれているのかを認識していなくても、
①当事者の間で定型約款を契約の内容とする旨の合意をしたときや
②定型約款を契約の内容とする旨をあらかじめ顧客に「表示」して取引を
行ったときは、個別の条項について合意をしたものとみなされます。
他方で、信義則に反して顧客の利益を一方的に害する不当な条項は
その効果を認められない。
⑵ 定型約款の変更の要件
現在の実務では、事業者が既存の契約も含めて一方的に約款の内容を変更
することがある。今回の改正では、定型約款の変更がどのような要件のもとで可能
なのかについて新たにルールを設けています。
定型約款の変更は
① 変更が顧客の一般の利益に適合する場合や
② 変更が契約の目的に反せず、かつ、変更に係る諸事情に照らして合理的な
場合に限って認められます。
※ 変更が合理的であるかどうかを判断する際には、変更の必要性、
変更後の相当性、変更を予定する旨の契約条項の有無やその内容、顧客に与える
影響やその影響を軽減する措置の有無などが考慮される。
※ 約款中に「当社都合で変更することがあります」と記載してあっても、
一方的に変更ができるわけではない。
3. 法定利率に関する改正
民法には、契約の当事者間に貸金等の利率や遅延損害金に関する合意が
ない場合に適用される利率が定められている。これを「法定利率」という。
極めて低金利の状態が長く続いている現状に照らすと、法定利率が
高すぎるため、今回の改正では、法定利率を年5%から3%に引き下げています。
又将来的に法定利率が市中の金利動向と大きく乖離することを避けるため、
市中の金利動向に合わせて法定利率が自動的に変動する仕組みを新たに
導入している。
4. 消滅時効に関する改正
「消滅時効」とは、債権者が一定期間権利を行使しないことによって債権が
消滅するという制度。
長期間が経過すると証拠が散逸し、債務者であるとされた者が
債務を負っていないことを立証することが困難になるため設けられた制度で
ある。
民法は消滅時効により債権が消滅するまでの期間(消滅時効期間)は
原則10年(商取引債権は5年)であるとしつつ、例外的に、職業別
のより短期の消滅時効期間(弁護士報酬2年、医師の診療報酬3年など)
を設けていた。
今回の改正では、消滅時効期間について、より合理的でわかりやすい
ものとするため、職業別の短期消滅時効の特例を廃止するとともに、
消滅時効期間を原則として権利を行使することが出来ることを知った時から
5年とすることにしている。…主観的時効期間
ただし、債権者自身が自分が権利を行使することが出来ることを
知らないような債権については、権利を行使することが出来る時から
「10年」で時効となる。…客観的時効期間
5. 基本的ルールの明文化
裁判や取引の実務で通用している基本的なルールであるものの、民法の条文
には明記されていなかったものを明文化する改正を行っています。
① 意思能力に関するルール
交通事故や認知症などにより意思能力(判断能力)を有しない状態に
なった方がした法律行為(契約など)は無効であることは、判例で認められて
おり確立されたルールである、条文に明記する。
② 賃貸借に関するルール
賃貸借に関しては、敷金をやりとりするという実務が広く形成されている。
また、賃貸借の終了に際しては、借主が原状回復をする必要がありますが、
どのような範囲で原状回復が必要かについて紛争が生ずることが多い。
しかし民法には敷金や原状回復についての基本的なルールを定めた
規定がありません。そこで、次のような確立したルールを条文に明記。
❶ 敷金については
賃貸借が終了して賃貸物の返還をうけたときに、貸主は賃料などの
債務の未払いを差し引いた残額を返還しなければならない。
❷ 賃貸借の借主は
通常損耗(賃貸物の通常の使用収益によって生じた損耗)や経年変化に
ついては現状回復をする必要はありません。
【通常損耗・経年変化の例】
・家具の設置による床、カーペットのへこみ
・クロスの変色(日照などの自然現象によるもの、壁等の画鋲、ピン等の穴
【通常損耗・経年変化に当たらない例】
・たばこのヤニ
・ペットによる柱等のキズ